2012年12月6日木曜日
ビジネスアイディアブラッシュアップ体験会終了
去る11/30と12/4に松阪商工会議所様、三重県、そしてMブリッジの恊働事業による、「ビジネスアイディアブラッシュアップ体験会」が終了しました。体験会と銘を打ちながら、イメージとしてはダイアログ、というものでした。
まずは、ご参加いただいたみなさん、まことにありがとうございました。2回とも満員の状況で、とても熱気にあふれた、対話の場となりました。
この体験会は、それに先立つ2回のビジネスアイディア創出ワークショップにご参加いただいたうちから、われこそは!という地域課題解決のためのビジネスプランを全部で9つ持ち寄っていただき、それについて、参加者さんでブラッシュアップするというものでした。
今回のワークショプに関しては、池山としては次の二点が課題でした。まず一点目は、ビジネスアイディアという、具体的なものを扱い、それには先見性を伴い、センシティブなものであることに配慮すること。
もう一つは、アイディアワークの二つの側面「拡散」と「収束」このうちの、後半部分、「収束」のみのワークショップであること。
この2点について、心配りをすることが今回の課題でした。
まず1点目については、「ここに出されたアイディアについては、共有財産としてあつかってください」というコンセプトを最初に皆さんにご説明しました。
2点目については、手法として「6ハット」(原典はエドワード・デ・ボーノ「会議が変わる6つの帽子」)といわれる、水平思考を使い、アイディアのブラッシュアップの部分に焦点を当てた構成としました。
ワークショップの最後は「サロン形式」とし、自由に歓談をしていただくことにしましたが、みなさん積極的に立ち歩かれ、他のグループのメンバーや、発案者さんとの会話を楽しんでおられたのが印象的でした。
あらためまして、2回を通しての9名の発案者のみなさん、そして2回30名以上の参加者さんとともに作ったそれぞれ3時間でした。本当にありがとうございました。それから、いつも助けてくれる、MブリッジNさんを始め、テーブルファシリのメンバーのみんな、ありがとう。
2012年10月1日月曜日
全国ボランティアフェスティバル終了
去る9月29日、30日、全国ボランティアフェスティバルみえがおこなわれました。その中で、池山はまちづくり部会、分科会11「コミュニティビジネスで地域の幸せをデザインする」のワークショップのデザインと、ファシリテーターをつとめさせていただきました。ご協力、ご参加頂いたみなさん、本当にありがとうございました。

今回のワークショップに関しては、津市NPOサポートセンターの川北さん、そして、僕の大阪大学ワークショップデザイナー育成プログラムの同期の仲間2人にお手伝いいただきました。
今回のワークショップのプログラムとしては、分科会の中をさらに分科会に分けて、各ファシリテーターが興味を持った社会問題をプレゼンし、参加者さんの興味に従い、テーマを選択していただく、という試みを行いました。
設定したテーマは4つ。
・少子高齢化
・外国人
・結婚、子供
・ものづくり

今回のプログラムのサブテーマには「課題を再定義する」ということを掲げました。
一般的に、どんぶり勘定的に「社会問題」とされていることについて、「本当に問題なのか」「問題だとしたら本質的に問題はどういうことなのか」ということをグループワークの前半で掘り下げてもらいました。そのために、詳細なペルソナを設定したグループもありました。

参加者さんの熱意、好奇心と各ファシリテーターの熱意がかみ合って、立ち上がって話すかたや、ペンを持って書き出す参加者さんもいらっしゃり、非常に熱のこもった話し合いが進められていました。
そんななか、池山は何をしていたか(笑)遊んでいた訳ではありません。写真のようなメモ書きを書いて、各ファシリテーターのお尻を叩く、といういやーな感じの役割をしておりました(笑)
当日は、なんと台風の直撃の一日。分科会は午前中でしたが、午後からのプログラムは全て中止。
ファシリテーションしながら「JR線の特急は運休、普通は動いております。12:00以降近鉄線の特急は全て運休が決まりました」なんていうアナウンスをしたのは初めてでした(笑)
あらしのよるに、っていうお話ではありませんが、台風の中で皆さんと共有できたあの3時間は非常に印象深いものとなりました。
もう一度、ご参加の皆さん、そして川北さん、こうはんさん、かよちゃん、だんちゃんのファシリテーターチーム。そして走り回っていただいた、松阪市社会福祉協議会の柴田さん、そしてボラフェスの全スタッフの皆さん。ありがとうございました。素敵な時間でした!

今回のワークショップに関しては、津市NPOサポートセンターの川北さん、そして、僕の大阪大学ワークショップデザイナー育成プログラムの同期の仲間2人にお手伝いいただきました。
今回のワークショップのプログラムとしては、分科会の中をさらに分科会に分けて、各ファシリテーターが興味を持った社会問題をプレゼンし、参加者さんの興味に従い、テーマを選択していただく、という試みを行いました。
設定したテーマは4つ。
・少子高齢化
・外国人
・結婚、子供
・ものづくり

今回のプログラムのサブテーマには「課題を再定義する」ということを掲げました。
一般的に、どんぶり勘定的に「社会問題」とされていることについて、「本当に問題なのか」「問題だとしたら本質的に問題はどういうことなのか」ということをグループワークの前半で掘り下げてもらいました。そのために、詳細なペルソナを設定したグループもありました。

参加者さんの熱意、好奇心と各ファシリテーターの熱意がかみ合って、立ち上がって話すかたや、ペンを持って書き出す参加者さんもいらっしゃり、非常に熱のこもった話し合いが進められていました。
そんななか、池山は何をしていたか(笑)遊んでいた訳ではありません。写真のようなメモ書きを書いて、各ファシリテーターのお尻を叩く、といういやーな感じの役割をしておりました(笑)
当日は、なんと台風の直撃の一日。分科会は午前中でしたが、午後からのプログラムは全て中止。
ファシリテーションしながら「JR線の特急は運休、普通は動いております。12:00以降近鉄線の特急は全て運休が決まりました」なんていうアナウンスをしたのは初めてでした(笑)
あらしのよるに、っていうお話ではありませんが、台風の中で皆さんと共有できたあの3時間は非常に印象深いものとなりました。
もう一度、ご参加の皆さん、そして川北さん、こうはんさん、かよちゃん、だんちゃんのファシリテーターチーム。そして走り回っていただいた、松阪市社会福祉協議会の柴田さん、そしてボラフェスの全スタッフの皆さん。ありがとうございました。素敵な時間でした!
2012年9月4日火曜日
「ファシリテーション心技体」終了しました
去る9月3日に松阪市市民活動センターにおいて、「2012年度 ネクストドア講座「ファシリテーション心技体」」を実施させていただきました。
ちょうど20名のご参加をいただき、なかなか盛況でした。
一枚目の写真はこれは、事前の準備ではありません(笑)これも講習、ワークショップ中の一コマです。池山のワークショップではときどき、こうやって参加者さんは机を運ばされます(笑)。
言い訳のようですが、これには実は意味があります。これは、ご自分達で机や椅子を動かしてもらうことによって、「一緒に場を作っている」という感覚を持っていただきたいと思っているんです。
今回の講座では、ファシリテーターを「恊働促進者」と定義しましたが、もっとつっこむと、池山の中ではファシリテーターは「中立な立場で、主体的な参加を引き出し、合意形成を助け、恊働を促進する」と定義をしています。この机運びは、そのなかの「主体的参加」ということに関連しています。
「自分ごと」として会議をとらえる、ということは意外と意識されていないのではないか、と思っています。机に座れば資料が置いてある。ペットボトルのお茶が置いてある。そうやって、誰かに依存していると会議は「ひとごと」のようになってしまいます。
そして会議が上手く進まないと、「議長」に責任を求める。実は会議はひとごとではありません。本来その会議の結末いかんがおおきく影響を及ぼすのは、その会議の参加者さん自身のはずです。ここを勘違いされていることが多い。そして、その勘違いはファシリテーターのなかにもあります。良い結論が出ないのは「ファシリテーターが悪い」と思いがちです。
でも、実はそうではなく、大切な結論を出すのは、「参加者さん自身」なのです。ここは大切なところだと思っています。
その、主体的な参加を引き出すための一つの方策が、「話し合いの場をみんなで作る」ということだと考えています。小さなことですが、一つのきっかけになれば、と思って、ファシリテーション関係のワークショップではよく実施しています。
もう一つ、言い落としていたことに、「ファシリテータに唯一無二の姿はない」ということがあります。だれもが理想のファシリテーター像、というのはお持ちなのかもしれませんが、実は目指すところはそこではなく、「あなたなりのファシリテーター像」でしかないのではないか、と思うのです。
池山がファシリテーターになると、こんな場になりますが、これを全く同じプログラムを他のファシリテーターが進めて行くと、きっと違う場になると思いますし、それで良いのだと思うのです。
会議はそこの場に居合わせた方の、総和でなく「相乗」で決まるのが理想だと思っています。「相乗」とは5人いるから、全ての足し算ではなく、その足し算の結果、「総和」よりも大きくなるべきということで、これはこの日にお話しした「ファシリテーターの信念」と同義です。
「相乗」ということは、当然参加者一人が変われば、結果も変わるはずです。それが、ファシリテーターであれ、参加者であれ、一人変われば会議のバランスは変わると思います。
ワークショップの最初の方で多様性について感じてもらいましたが、ファシリテーターもまた多様で良いのだと思うのです。 ですから、他の人になろうとするのではなく、あなた自身のままでファシリテーターになっていただきたいと思います。
ここに、もう一つ、ファシリテーターになる人以外の人が、ファシリテーションについて学ぶことの答えがあるのではないか、と思っています。
会議は人の集団であり、参加している人の発言や、行動が変われば会議のバランスが変わるのではないかと思うのです。つまり、今回の講座を受けていただいて、ファシリテーションについて、なにかを感じて頂いた方が、次の会議で少し変ってもらえれば、今までと同じメンバーの会議の中のバランスが少し変わる。そして、それは良い方に変わるのではないか、と思っているのです。
最後になりましたが、ご参加頂いたみなさん、ありがとうございました。またお会いできるとうれしいです。
ちょうど20名のご参加をいただき、なかなか盛況でした。
一枚目の写真はこれは、事前の準備ではありません(笑)これも講習、ワークショップ中の一コマです。池山のワークショップではときどき、こうやって参加者さんは机を運ばされます(笑)。
言い訳のようですが、これには実は意味があります。これは、ご自分達で机や椅子を動かしてもらうことによって、「一緒に場を作っている」という感覚を持っていただきたいと思っているんです。
今回の講座では、ファシリテーターを「恊働促進者」と定義しましたが、もっとつっこむと、池山の中ではファシリテーターは「中立な立場で、主体的な参加を引き出し、合意形成を助け、恊働を促進する」と定義をしています。この机運びは、そのなかの「主体的参加」ということに関連しています。
「自分ごと」として会議をとらえる、ということは意外と意識されていないのではないか、と思っています。机に座れば資料が置いてある。ペットボトルのお茶が置いてある。そうやって、誰かに依存していると会議は「ひとごと」のようになってしまいます。
そして会議が上手く進まないと、「議長」に責任を求める。実は会議はひとごとではありません。本来その会議の結末いかんがおおきく影響を及ぼすのは、その会議の参加者さん自身のはずです。ここを勘違いされていることが多い。そして、その勘違いはファシリテーターのなかにもあります。良い結論が出ないのは「ファシリテーターが悪い」と思いがちです。
でも、実はそうではなく、大切な結論を出すのは、「参加者さん自身」なのです。ここは大切なところだと思っています。
その、主体的な参加を引き出すための一つの方策が、「話し合いの場をみんなで作る」ということだと考えています。小さなことですが、一つのきっかけになれば、と思って、ファシリテーション関係のワークショップではよく実施しています。
もう一つ、言い落としていたことに、「ファシリテータに唯一無二の姿はない」ということがあります。だれもが理想のファシリテーター像、というのはお持ちなのかもしれませんが、実は目指すところはそこではなく、「あなたなりのファシリテーター像」でしかないのではないか、と思うのです。
池山がファシリテーターになると、こんな場になりますが、これを全く同じプログラムを他のファシリテーターが進めて行くと、きっと違う場になると思いますし、それで良いのだと思うのです。
会議はそこの場に居合わせた方の、総和でなく「相乗」で決まるのが理想だと思っています。「相乗」とは5人いるから、全ての足し算ではなく、その足し算の結果、「総和」よりも大きくなるべきということで、これはこの日にお話しした「ファシリテーターの信念」と同義です。
「相乗」ということは、当然参加者一人が変われば、結果も変わるはずです。それが、ファシリテーターであれ、参加者であれ、一人変われば会議のバランスは変わると思います。
ワークショップの最初の方で多様性について感じてもらいましたが、ファシリテーターもまた多様で良いのだと思うのです。 ですから、他の人になろうとするのではなく、あなた自身のままでファシリテーターになっていただきたいと思います。
ここに、もう一つ、ファシリテーターになる人以外の人が、ファシリテーションについて学ぶことの答えがあるのではないか、と思っています。
会議は人の集団であり、参加している人の発言や、行動が変われば会議のバランスが変わるのではないかと思うのです。つまり、今回の講座を受けていただいて、ファシリテーションについて、なにかを感じて頂いた方が、次の会議で少し変ってもらえれば、今までと同じメンバーの会議の中のバランスが少し変わる。そして、それは良い方に変わるのではないか、と思っているのです。
最後になりましたが、ご参加頂いたみなさん、ありがとうございました。またお会いできるとうれしいです。
2012年8月20日月曜日
自治会防災ワークショップを実施しました
某町の自治会さんにおいて、防災ワークショップを実施しました。今回は、実はこの自治会さんにおいては、2回目のご依頼で関心の高さが伺われます。
前回よりも広い会場を確保して、各テーブルゆったりと話し合っていただけたのではないか、と思います。
今回は2回目ということもあり、前回は防災ゲーム「クロスロード」をもとに、水害なども含めた災害ということをテーマにしましたが、今回はそれから一歩踏み込み、「大震災発生、そのときどうする?」というテーマで、みなさんに対話をしていただきました。
わがMブリッジファシリテーションチームも回を追うごとにスキルをあげ、幾つかの打ち合わせと違うことや、現場での小トラブルがあっても、メンバーが軽々とそれを現場力で飛び越えて行ってくれます。
ワークショップは生ものです。どれだけ事前に注意をして用意をしても、現場に行くとそれをすべてひっくり返すような事態が簡単におこります。
そのときに、あたふたせずに適宜プログラムを変更しつつ対応できる「現場力」が必要です。そして、これは現場でしか養えないものです。
こうやって、ご依頼を頂いた現場で、スキルアップをさせてもらえる。とてもありがたいことだと思っています。
前回よりも広い会場を確保して、各テーブルゆったりと話し合っていただけたのではないか、と思います。
今回は2回目ということもあり、前回は防災ゲーム「クロスロード」をもとに、水害なども含めた災害ということをテーマにしましたが、今回はそれから一歩踏み込み、「大震災発生、そのときどうする?」というテーマで、みなさんに対話をしていただきました。
わがMブリッジファシリテーションチームも回を追うごとにスキルをあげ、幾つかの打ち合わせと違うことや、現場での小トラブルがあっても、メンバーが軽々とそれを現場力で飛び越えて行ってくれます。
ワークショップは生ものです。どれだけ事前に注意をして用意をしても、現場に行くとそれをすべてひっくり返すような事態が簡単におこります。
そのときに、あたふたせずに適宜プログラムを変更しつつ対応できる「現場力」が必要です。そして、これは現場でしか養えないものです。
こうやって、ご依頼を頂いた現場で、スキルアップをさせてもらえる。とてもありがたいことだと思っています。
2012年8月16日木曜日
携帯電話とコミュニケーション
この画像はいろんなところからデータを引っ張ってきて、一つのグラフにまとめたものです。少し興味深いので見てみてください。ただし、完全に全て真実ですよ、と保証するものではありません。もちろん、かなりの確信を持って集めたデータではありますが(笑)ほぼ事実としておきましょう。
このグラフ内、赤の線は「短大四大進学率」、紫の線は「巨人戦のテレビ視聴率」、ブルーの線は「日経平均」、グリーンの線は「Facebookユーザーの数」です。データが軸の数より多いので、一部はイメージというか、軸とリンクさせるために換算をしています。が、一応バイアスはかけていないつもりです。軸に依っていなくても刻みにはゆがみはなく、均等です。
そして、棒グラフのブルーが「携帯電話契約台数です」。
黄色で網かけしているのが、左から現在45歳の方の大学時代(18〜22歳)、真ん中が現在30歳、そして一番右が今年の新卒の方の大学時代です。池山は今年40歳なので、45と30歳の間ですね。
これを見ていて面白いのは、まず携帯電話は今の45歳の方の学生時代にはまずあり得ません。もちろん、あったのはありましたけど、ものすごい値段でしたし、地方ではエリア外だったと思います。反対に、今年新卒の人はほぼ100%の人が携帯電話を持っている時代に大学時代を過ごしています。
携帯電話の普及というのは、非常に象徴的な出来事で、現在42〜3歳の方が生まれた1970年の大阪万博では、「今にみんな一人に一台ずつの電話を持つようになりますよ」と言われたそうです。このことは、少し考えてみると、会社や家、家族や、組織にあった電話が「個人」につながったと言えると思います。
これには、どういう意味があるのでしょうか。家族等の組織と組織をつなぐ「電話回線
」を間借りしていた「個人」が組織から独立してリアルタイムに、「今ここにいない人」とコミュニケーションを取ることが可能になった、と考えることができます。
そのことにより、例えば男子高校生が気になる女の子のところに電話をするのに「いません!がちゃん」とお父さんに切られてしまうことはなくなった訳ですね(笑)。これは実は冗談ではなく、迂回性の高い手段が生まれたと考えられます。
池山は、コミュニケーションは「困難なところから、簡単なところへ流れる」という性質を持っていると思います。話の合わない会社の人と一緒にいる時間だけを我慢していれば、休憩時間になれば携帯電話でいくらでもメールをすることが出来るのですから。
固い岩盤にあたった植物の根が、迂回するルートを探すように、簡単なコミュニケーション手段、相手を求めればいいのです。これは、地域コミュニティにも言えると思います。嫌々でも我慢して行っていた地域の行事がなくなれば、それは行かなくてよくて助かりますが、そこに得るべき人間の関係性や、社会の持つ重層性が失われていくのです。
ワークショップでは人と人との関係を考えますが、誰でも初対面の時には話しにくいものです。だから、その場で話しやすいようにゲームや自己紹介を交えてその場を解きほぐして行きます。
最初の初対面のぎこちない固さを通り過ぎないと、その後の打ち解けた空気は生まれません。あえて困難な初対面の人間関係に入って行くこと。それが絶対的な第1歩だと思います。
ワークショップの参加者さんというのは、その一番大切な「第1歩」を踏み出して、その場に参加しておられるので、そのことに大きな敬意を払うようにしたいと思っています。
もう一つ、これは決して否定的な意味ではないのですが、ワークショップ等に自主的にご参加いただいている方を人の平均的なコミュニケーション能力だと考えてしまいがちなところが、われわれにはありますが、実はそうではありません。
今述べたような大きなハードルを越えた方だけが、自主的にワークショップにいらしていますから、それを超えようと思わない、または超えることが難しい、方もたくさんいらっしゃいます。
時折、地域の中に入って行うワークショップ等では、好き好んでその場に座っている、という方ばかりではない場合もあります。その方へのコミュニケーション上の配慮も必要だと思っています。
このグラフ内、赤の線は「短大四大進学率」、紫の線は「巨人戦のテレビ視聴率」、ブルーの線は「日経平均」、グリーンの線は「Facebookユーザーの数」です。データが軸の数より多いので、一部はイメージというか、軸とリンクさせるために換算をしています。が、一応バイアスはかけていないつもりです。軸に依っていなくても刻みにはゆがみはなく、均等です。
そして、棒グラフのブルーが「携帯電話契約台数です」。
黄色で網かけしているのが、左から現在45歳の方の大学時代(18〜22歳)、真ん中が現在30歳、そして一番右が今年の新卒の方の大学時代です。池山は今年40歳なので、45と30歳の間ですね。
これを見ていて面白いのは、まず携帯電話は今の45歳の方の学生時代にはまずあり得ません。もちろん、あったのはありましたけど、ものすごい値段でしたし、地方ではエリア外だったと思います。反対に、今年新卒の人はほぼ100%の人が携帯電話を持っている時代に大学時代を過ごしています。
携帯電話の普及というのは、非常に象徴的な出来事で、現在42〜3歳の方が生まれた1970年の大阪万博では、「今にみんな一人に一台ずつの電話を持つようになりますよ」と言われたそうです。このことは、少し考えてみると、会社や家、家族や、組織にあった電話が「個人」につながったと言えると思います。
これには、どういう意味があるのでしょうか。家族等の組織と組織をつなぐ「電話回線
」を間借りしていた「個人」が組織から独立してリアルタイムに、「今ここにいない人」とコミュニケーションを取ることが可能になった、と考えることができます。
そのことにより、例えば男子高校生が気になる女の子のところに電話をするのに「いません!がちゃん」とお父さんに切られてしまうことはなくなった訳ですね(笑)。これは実は冗談ではなく、迂回性の高い手段が生まれたと考えられます。
池山は、コミュニケーションは「困難なところから、簡単なところへ流れる」という性質を持っていると思います。話の合わない会社の人と一緒にいる時間だけを我慢していれば、休憩時間になれば携帯電話でいくらでもメールをすることが出来るのですから。
固い岩盤にあたった植物の根が、迂回するルートを探すように、簡単なコミュニケーション手段、相手を求めればいいのです。これは、地域コミュニティにも言えると思います。嫌々でも我慢して行っていた地域の行事がなくなれば、それは行かなくてよくて助かりますが、そこに得るべき人間の関係性や、社会の持つ重層性が失われていくのです。
ワークショップでは人と人との関係を考えますが、誰でも初対面の時には話しにくいものです。だから、その場で話しやすいようにゲームや自己紹介を交えてその場を解きほぐして行きます。
最初の初対面のぎこちない固さを通り過ぎないと、その後の打ち解けた空気は生まれません。あえて困難な初対面の人間関係に入って行くこと。それが絶対的な第1歩だと思います。
ワークショップの参加者さんというのは、その一番大切な「第1歩」を踏み出して、その場に参加しておられるので、そのことに大きな敬意を払うようにしたいと思っています。
もう一つ、これは決して否定的な意味ではないのですが、ワークショップ等に自主的にご参加いただいている方を人の平均的なコミュニケーション能力だと考えてしまいがちなところが、われわれにはありますが、実はそうではありません。
今述べたような大きなハードルを越えた方だけが、自主的にワークショップにいらしていますから、それを超えようと思わない、または超えることが難しい、方もたくさんいらっしゃいます。
時折、地域の中に入って行うワークショップ等では、好き好んでその場に座っている、という方ばかりではない場合もあります。その方へのコミュニケーション上の配慮も必要だと思っています。
2012年6月30日土曜日
「広域避難者支援ミーティング in 東海」に参加させていただきました
去る6月28日、JCN(東日本大震災支援全国ネットワーク)さんの主催する「広域避難者支援ミーティング in 東海」に協力しているFAJ(日本ファシリテーション協会)のメンバーとして、ボランティアファシリテーターとして、参加させていただき手来ました。会場は名古屋国際センターです。100名を大きく超える参加者さんが集まられ、非常に充実した物になっていたと思います。
こちらに公式ブログがありますので、あわせてご覧頂ければと思います。
午前中にFAJのファシリテーターとグラフィッカー(板書)は集合し、打ち合わせを行い、ごご14:00からイベント全体が始まる、という非常にタイトなスケジュールの中の参加でした。
第1テーマでは「学ぶ」をテーマに事例紹介が行われ、第2テーマでは「知る」をテーマに、助成や公の支援団体等の紹介。そして、第3テーマでは「つながる」をテーマに、参加者さんが報告者さんとともに、分科会に分かれ話し合いのセッションを行う、という全体プログラムで、われわれFAJは第3テーマの分科会のセッションの進行と記録を担当しました。
各セッションが1時間くらいしたので、当然第3テーマも1時間。さらに、全体オリエンテーションと、自己紹介と、最後のシェアの時間を差し引くと、正味30分のセッションです。その限られた時間の中で参加者さんから少しでも沢山のお話を引き出し、「つながり」を演出するのがファシリテーターの仕事です。
普段、自分で設計する時間にゆとりのある、「介入しないファシリテーション」いわゆる、放置プレイ(笑)を信条としているので、新しい学びが沢山ありました。
みなさん、ボランタリーな精神にあふれておられ、人道的な精神から、「支援したい!」という気持ちにあふれておられます。そのなかで、タイムキープをしつつ、しっかりと思いをうけとめ、場をホールドすることがファシリテーションの肝でした。
普段から、しっかりとお話を受け止めることは心がけていますので、すこしはその部分についてはできたかなと思うのですが、もう少しみなさんの意見をコンパクトにしてもらう仕掛けか声がけがあってもよかったのかもしれません。
最後に、FAJの先輩でいらっしゃり、今回僕のつたないファシリテーションのグラフィッカーをつとめて頂いた、Sさんに深く感謝。ありがとうございました。
こちらに公式ブログがありますので、あわせてご覧頂ければと思います。
午前中にFAJのファシリテーターとグラフィッカー(板書)は集合し、打ち合わせを行い、ごご14:00からイベント全体が始まる、という非常にタイトなスケジュールの中の参加でした。
第1テーマでは「学ぶ」をテーマに事例紹介が行われ、第2テーマでは「知る」をテーマに、助成や公の支援団体等の紹介。そして、第3テーマでは「つながる」をテーマに、参加者さんが報告者さんとともに、分科会に分かれ話し合いのセッションを行う、という全体プログラムで、われわれFAJは第3テーマの分科会のセッションの進行と記録を担当しました。各セッションが1時間くらいしたので、当然第3テーマも1時間。さらに、全体オリエンテーションと、自己紹介と、最後のシェアの時間を差し引くと、正味30分のセッションです。その限られた時間の中で参加者さんから少しでも沢山のお話を引き出し、「つながり」を演出するのがファシリテーターの仕事です。
普段、自分で設計する時間にゆとりのある、「介入しないファシリテーション」いわゆる、放置プレイ(笑)を信条としているので、新しい学びが沢山ありました。
みなさん、ボランタリーな精神にあふれておられ、人道的な精神から、「支援したい!」という気持ちにあふれておられます。そのなかで、タイムキープをしつつ、しっかりと思いをうけとめ、場をホールドすることがファシリテーションの肝でした。
最後に、FAJの先輩でいらっしゃり、今回僕のつたないファシリテーションのグラフィッカーをつとめて頂いた、Sさんに深く感謝。ありがとうございました。
2012年6月27日水曜日
広域避難者支援ミーティング in 東海
明日、6/28は名古屋国際センターで行われる、「広域避難者支援ミーティングIN東海」のお手伝いに微力ながらお邪魔させていただく予定です。
これは、「NPO日本ファシリテーション協会(FAJ)」の中にある、災害復興支援室のボランティアに参加するもので、当日の参加者さんの人数により、グループファシリテーターになるのか、記録者になるのかわかりませんが、微力ながら、できるだけのお手伝いをさせて頂きたいと思います。
ある意味、これもファシリテーターとしての「プロボノ」かな、と思っております。
当日の模様は可能な限りご報告しますね。
詳細はよろしければ、こちらです。
これは、「NPO日本ファシリテーション協会(FAJ)」の中にある、災害復興支援室のボランティアに参加するもので、当日の参加者さんの人数により、グループファシリテーターになるのか、記録者になるのかわかりませんが、微力ながら、できるだけのお手伝いをさせて頂きたいと思います。
ある意味、これもファシリテーターとしての「プロボノ」かな、と思っております。
当日の模様は可能な限りご報告しますね。
詳細はよろしければ、こちらです。
2012年6月8日金曜日
12人の怒れる男
十二人の怒れる男 出演 ヘンリー・フォンダ、マーティン・バルサム、リー・J・コップ、 エド・ベグリー
なんと、DVDが¥980だったので、買い求めて改めて、見てみました。この時代の映画っていうのは、今に比べると非常に演劇的ですね。特にこの作品は、舞台が陪審の審理をする部屋とトイレと、法廷くらいしかなく、90%が陪審の部屋なので、なおさらそう思うのかもしれません。
12名全員が映るカットでの、役者全員の演技がすごい。冒頭で、陪審員全員が入室してくるロングカットがあるんですが、それがすごい。どこまで台本に書いてあるのか気になるところです。
あらすじは皆さんご存知のことと思うので、ほんの少しだけ。ある殺人事件について、12名の陪審員が審理をする訳ですが、一番最初の評決では、11:1で有罪が圧倒的多数。しかし、陪審は12名全員一致を建前とするので、その1名だけのために、話し合いが始まります。話はそれますが、陪審員が12名っていうのは、どうしてなんでしょうね。12使徒とかに関係があるのかな。。。あと、陪審員全員が白人の男性です。無作為に抽出したのなら、そうはならないはずなので(最低、半分は女性のはず)、時代を感じます。公民権法が1964年ですから、そういう時代ですね。ちなみに、この映画公開の1957年の前年1956年には、有名なローザ・パークスさんの事件で、最高裁がバス車内における人種分離(=白人専用及び優先座席)」を違憲とする判決をだしています。でも、実情はまだこうだった、ってことですね。
話は戻って、その一人、ヘンリー・フォンダ演じる、陪審番号8番の男は他の陪審員の罵りまじりの「お前は本当に無罪だと思うのか」という質問に対して答えます。
「わかりません。だから、話し合いたいんです。」
すばらしい。この映画はぜひ、Mブリッジ「ダイアログチーム」の課題DVDにしたいと思います(笑)
話し合いが進むにつれて、意見を変える陪審員が増えて行き、最後には1:11で無罪に傾いて行きます。ヘンリー・フォンダ演じる主人公はこう言います。
「どんな場合でも、個人的偏見抜きで物事を考えるのは容易ではない。偏見という眼鏡は真実を見えなくしてしまう。」
まさに、これはダイアログに向かう姿勢を表しています。あらゆる偏見、思い込み、想定を排除して対話に向かう姿勢こそが、大切だと考えています。その中には、自分の意見が正しい、という思い込みさえも含まれます。
あらゆる知識は実は他人からの受け売りであり、自分の知識や意見に固執することは実はナンセンスです。この映画の登場人物の台詞でもありましたが、
「はじめは有罪だと言ったのに、意見を変えるのか!」
あらゆる想定を棄てて対話をすると、自分の考えが正しくなさそうだ、と思う時もあります。その場合には、自分の意見を変えても良い。自分の意見すら、他人の意見と同じように客観視する。
ダイアローグ 対立から共生へ、議論から対話へ デヴィッド・ボーム、 金井真弓
この本の著者である、ボームは「自分の意見を洗濯物のように見る」と表現していますが、他人の意見と自分の意見をあたかも、等しく風にゆれる洗濯物のように客観視する、という姿勢が対話には必要だ、と述べています。
いずれにしても、この映画にはファシリテーションに関するいろんな論点が詰まっています。この映画を見てから、みんなで対話をするのは非常に面白いように思います。こんど、Mブリッジ「ダイアログメンバー」で内部研修としてやってみたいと思いました。
2012年6月7日木曜日
ローマは一日にしてならず〜DSPミーティングによせて
昨日はアイディアラボ〔β〕のスピンオフプロジェクト、「DSP」のミーティングでした。「果物好きやなー」といわれながら、昨日のおやつは初物のスイカを用意しました(笑)メンバーにも時々ピンチヒッターをお願いしますが、基本的には池山がおやつと飲み物を買いにいっています(笑)
さて、もうすぐDSPのプロジェクトのロールアウトなんですが、その前なのでまだないようにつてはお話しできませんが、昨日は非常に有意義なMTGでした。
メンバーの皆さんもこのブログを読んでくれると思うので、少し思うところを。MTGの最後にメンバーの一言で、MTGの流れががらっと変わって、あれよあれよ、と言う間にピースがカチ、カチとはまって行った感のあるMTGでした。
(写真はSWOT分析のチャートですが、ちょっとぼかしてあります。この段階では結論は予想もしない物です。)
そんなMTGを「最後に鶴の一声みたいに決まっていくなら、それまでの前半部分は無駄?」と思ってしまいがちですが、そうではないと思っています。
むしろ、それまでの過程があるから、その結論になったと考える方が良いと思います。MTGでは人は思っていることを100%言う訳ではありません。自分のことを振り返ってみてください、会議で100%思っていることを言う訳ではきっとないと思います。
その中で、「決め」になる一言を引き出す、ということ。その「決め」になる一言はとても傷つきやすく、ナイーブであることが多いです。「どうせ言っても笑われるよ」「もうあのことは終わったんだな、言わなくていいんだ」などというその一言を言わせない沢山の理由を蹴散らして、その「決めの」一言が誰かの口から出るために、それまでのMTGは存在しているのかもしれません。
言い換えると、それまでの部分がなければ、その一言は世に出ることがなかった、と言えるでしょう。その一言を引き出すために。ファシリテーターが必要とされるのです。
ローマは一日にしてならず。言い換えれば、それまでの一日一日は、ローマの繁栄のためにあるだと思います。
さて、もうすぐDSPのプロジェクトのロールアウトなんですが、その前なのでまだないようにつてはお話しできませんが、昨日は非常に有意義なMTGでした。
メンバーの皆さんもこのブログを読んでくれると思うので、少し思うところを。MTGの最後にメンバーの一言で、MTGの流れががらっと変わって、あれよあれよ、と言う間にピースがカチ、カチとはまって行った感のあるMTGでした。
(写真はSWOT分析のチャートですが、ちょっとぼかしてあります。この段階では結論は予想もしない物です。)
そんなMTGを「最後に鶴の一声みたいに決まっていくなら、それまでの前半部分は無駄?」と思ってしまいがちですが、そうではないと思っています。
むしろ、それまでの過程があるから、その結論になったと考える方が良いと思います。MTGでは人は思っていることを100%言う訳ではありません。自分のことを振り返ってみてください、会議で100%思っていることを言う訳ではきっとないと思います。
その中で、「決め」になる一言を引き出す、ということ。その「決め」になる一言はとても傷つきやすく、ナイーブであることが多いです。「どうせ言っても笑われるよ」「もうあのことは終わったんだな、言わなくていいんだ」などというその一言を言わせない沢山の理由を蹴散らして、その「決めの」一言が誰かの口から出るために、それまでのMTGは存在しているのかもしれません。
言い換えると、それまでの部分がなければ、その一言は世に出ることがなかった、と言えるでしょう。その一言を引き出すために。ファシリテーターが必要とされるのです。
ローマは一日にしてならず。言い換えれば、それまでの一日一日は、ローマの繁栄のためにあるだと思います。
2012年6月6日水曜日
一座建立~佐々木俊尚「キュレーションの時代」より
この書籍からのご紹介。「キュレーション」今の時代に非常に気になる言葉です。簡単に言うと、生み出す人とそれを世に出す人がいるよね、ってことでその世に出す、または紹介する人を「キュレーター」といい、その行為を「キュレーション」という、、とまあ、こんな感じです。今のインターネットのサービスとしては、「まとめ」系のサービスがこのキュレーションにあたります。
この一冊をご紹介するのは、本論ももちろんなんですが、その中に例として挿入されているお話がどれもいいです。ブラジル人ミュージシャンのジスモンチだったり、千利休であったり。
その中で、これはワークショップやファシリテーターにとっても重要だなと思った挿話をご紹介。
茶道では、三宗匠(さんそうしょう)といわれるうちのふたり、千利休と井上宗久とのお話です。
かいつまみますが、ある冬の夜ふらりと井上宗久が千利休の庵を訪ねます。そこで、利休は「せっかく来ていただいたのだから、水を代えましょう」と席を立ちます。
その間に、宗久は「これから水を足して、私の分も入れてくれるとなると炭を足したほうがいいにちがいない」と考え、棚から炭を取って炭を足します。
戻った利休にその話をして、「差し出がましいとはおもいましたが、あなた様の手を煩わるもの忍びない、と思い、炭を足しました」というと、千利休は痛く感心し、「あなたのようなお客を迎えることは非常な喜びだ」といい、その後もこの話をして、宗久をほめた、というとです。
このお話で何が言いたいかというと、こうやって「主客一体」になって、お茶の席を作るものなんだなあ、と思ったということです。これは、ワークショップでも同じ。ファシリテーター、事務局、主催者の独りよがりではよいワークショップはできません。参加者のみなさんが一緒になって、場を作る、そのことを「一座建立」と茶道の世界では言うそうです。
そのためには、「おもてなしの心」をもってワークショップを作ること。そして、参加者さん一人一人のそれまでを認めて、否定しない。「ここにいていいんですよ」という気持ちとともに、共感をもって参加者さんのお話を聞く。こういったことが大切なんだなあ、とふと思いました。
すいません、お茶については全くの素人です。心得のあるかた、もし間違ったことを書いていたら、教えてくださいね(*^_^*)
この一冊をご紹介するのは、本論ももちろんなんですが、その中に例として挿入されているお話がどれもいいです。ブラジル人ミュージシャンのジスモンチだったり、千利休であったり。
その中で、これはワークショップやファシリテーターにとっても重要だなと思った挿話をご紹介。
茶道では、三宗匠(さんそうしょう)といわれるうちのふたり、千利休と井上宗久とのお話です。
かいつまみますが、ある冬の夜ふらりと井上宗久が千利休の庵を訪ねます。そこで、利休は「せっかく来ていただいたのだから、水を代えましょう」と席を立ちます。
その間に、宗久は「これから水を足して、私の分も入れてくれるとなると炭を足したほうがいいにちがいない」と考え、棚から炭を取って炭を足します。
戻った利休にその話をして、「差し出がましいとはおもいましたが、あなた様の手を煩わるもの忍びない、と思い、炭を足しました」というと、千利休は痛く感心し、「あなたのようなお客を迎えることは非常な喜びだ」といい、その後もこの話をして、宗久をほめた、というとです。
このお話で何が言いたいかというと、こうやって「主客一体」になって、お茶の席を作るものなんだなあ、と思ったということです。これは、ワークショップでも同じ。ファシリテーター、事務局、主催者の独りよがりではよいワークショップはできません。参加者のみなさんが一緒になって、場を作る、そのことを「一座建立」と茶道の世界では言うそうです。
そのためには、「おもてなしの心」をもってワークショップを作ること。そして、参加者さん一人一人のそれまでを認めて、否定しない。「ここにいていいんですよ」という気持ちとともに、共感をもって参加者さんのお話を聞く。こういったことが大切なんだなあ、とふと思いました。
すいません、お茶については全くの素人です。心得のあるかた、もし間違ったことを書いていたら、教えてくださいね(*^_^*)
2012年5月4日金曜日
ファシリテーションの心1
わけあって、今回から3回連続くらいで池山が思う、「ファシリテーションの心」みたいなものを書いてみたいと思います。第1回のサブタイトルは、「受け止める心」です。
ファシリテーターは中立、かつ公正であれ、と言われます。簡単に説明すれば、サッカーの試合のレフェリーをイメージしてもらえばわかります。AチームとBチームが試合をしている時には、当然利害が対立していますね。両チームとも勝つ、という結論はあり得ないので、ゼロ100の利害対立ですね。
試合の中に入ったレフェリーがもちろんどちらかに加担してしまったら、その時点でそのレフェリーは信頼を失ってしまいます(中東の笛、なんていう言葉もありますが(笑)))
しかし、通常の場合には、ファシリテーターも内部の人間であったり、リーダーであったりすることがあると思います。その場合に「中立」というのは非常に難しい部分が出てくるように思います。
しかし、サッカーの試合のレフェリーを考えてみると、通常の場合、例えば日本対韓国であれば、その2国以外、例えばシンガポール人の審判をつけることになります。つまり、これが「中立」ということですね。
そのことの本質を考えてみると、実は本来的に求められているのは、「中立」ではなく「公平」ということではないでしょうか。審判がどちらかに偏った時に、試合の勝敗の意義が大きく失われてしまう訳です。
チーム内の人がファシリテーションをする時には、「中立になれなくて」などと言われますが、以上のように、必要なのは「公平」または「公正」です。では、そのときに、どうしたら「公平」「公正」が保たれるのでしょうか。
そのためには、参加者からファシリテーターへの「信頼」が必要です。その「信頼」を得るためにはどうしたらいいでしょうか。それは、まず「私は今日は公平にファシリテーターをつとめたいと思います。皆さんの意見を評価したり、批判したりしないようにします。」と最初に宣言することです。そのうえで、「私が公平でない場合には、どうかみなさん、率直に指摘してください」と言うことが良いと思っています。こう宣言することで、ファシリテーターが「公平」であること、そして批判を受け入れることで、「公正」になろうとしていること、を参加者に伝えることができるのではないか、と思います。
宣言をしたファシリテーターは、参加者の意見を評価せずに「受け止め」ます。これは、「迎合する」や「同調する」とも違いますし、「批判する」「評価する」とも違います。ただ、その人の意見を、一つの意見として、人から切り離して「受け止める」のです。
人の意見の中には、その人の「想定」が入っています。これは、なかなか根の深いもので、あらゆる経験や、あらゆる知識、そして所属しているコミュニティや、家族、両親とのふれあい、などその人をとりまくあらゆるものがその人の中に入って、それがその人の「意見」の背後にある「想定」として存在します。
その「想定」を批評することは簡単ですが、その「想定」を否定してしてしまうと、対話は前に進むことができません。
ファシリテーターの心その1は「参加者の意見を評価せずに受け取る」ということになるのではないか、と思います。
ファシリテーターは中立、かつ公正であれ、と言われます。簡単に説明すれば、サッカーの試合のレフェリーをイメージしてもらえばわかります。AチームとBチームが試合をしている時には、当然利害が対立していますね。両チームとも勝つ、という結論はあり得ないので、ゼロ100の利害対立ですね。
試合の中に入ったレフェリーがもちろんどちらかに加担してしまったら、その時点でそのレフェリーは信頼を失ってしまいます(中東の笛、なんていう言葉もありますが(笑)))
しかし、通常の場合には、ファシリテーターも内部の人間であったり、リーダーであったりすることがあると思います。その場合に「中立」というのは非常に難しい部分が出てくるように思います。
しかし、サッカーの試合のレフェリーを考えてみると、通常の場合、例えば日本対韓国であれば、その2国以外、例えばシンガポール人の審判をつけることになります。つまり、これが「中立」ということですね。
そのことの本質を考えてみると、実は本来的に求められているのは、「中立」ではなく「公平」ということではないでしょうか。審判がどちらかに偏った時に、試合の勝敗の意義が大きく失われてしまう訳です。
チーム内の人がファシリテーションをする時には、「中立になれなくて」などと言われますが、以上のように、必要なのは「公平」または「公正」です。では、そのときに、どうしたら「公平」「公正」が保たれるのでしょうか。
そのためには、参加者からファシリテーターへの「信頼」が必要です。その「信頼」を得るためにはどうしたらいいでしょうか。それは、まず「私は今日は公平にファシリテーターをつとめたいと思います。皆さんの意見を評価したり、批判したりしないようにします。」と最初に宣言することです。そのうえで、「私が公平でない場合には、どうかみなさん、率直に指摘してください」と言うことが良いと思っています。こう宣言することで、ファシリテーターが「公平」であること、そして批判を受け入れることで、「公正」になろうとしていること、を参加者に伝えることができるのではないか、と思います。
宣言をしたファシリテーターは、参加者の意見を評価せずに「受け止め」ます。これは、「迎合する」や「同調する」とも違いますし、「批判する」「評価する」とも違います。ただ、その人の意見を、一つの意見として、人から切り離して「受け止める」のです。
人の意見の中には、その人の「想定」が入っています。これは、なかなか根の深いもので、あらゆる経験や、あらゆる知識、そして所属しているコミュニティや、家族、両親とのふれあい、などその人をとりまくあらゆるものがその人の中に入って、それがその人の「意見」の背後にある「想定」として存在します。
その「想定」を批評することは簡単ですが、その「想定」を否定してしてしまうと、対話は前に進むことができません。
ファシリテーターの心その1は「参加者の意見を評価せずに受け取る」ということになるのではないか、と思います。
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